02.愚か者、集合
「……やっぱり駄目だぜ、ミゼ兄貴。これは、商売にならねぇって」
酒場の外、人気のない路地に入り込んで嘆くのは、先ほどの調子の良さそうな男だ。ミゼと呼ばれた南の国のツアーガイド、ないしサングラスの男は、
「いや、偶々運がなかっただけさ、弟よ。もう一押しあったら上手く言ったとか考えないか?」
などと呑気に返している。
「でも俺等、もうあの酒場の人間に名前と顔をすっかり覚えられているんだぜ? 新規なんて今日テーブル席にいた連中ぐらいなものだろっ」
弟分の指摘にミゼは頭を掻いた。
「うーん、それは、まぁそうだけどさ。大型のギルド船なんぞ、他にあんまり飛んでねぇし」
狙いの魔物が出るのはイズミヤ空域だ。そこに最も近い地点となると、必須今いるギルド船しかないというのが、ミゼの言い分である。ちなみにこのギルド船は島ほどの大きさがあって、酒場はおろか宿に食材屋、武器屋に装飾屋と一通りの施設が揃っている。ギルドの人間にとって外すことのできない拠点だ。
「『スナメリ』が倒す前に空の大蛇《スカイサーペント》に会いに行くツアー! 特別感あってよいとおもうんだけどなぁ」
「いや、命懸けっすよ、そのツアー」
弟分がぼそっと突っ込む。
「だがそれぐらい大馬鹿者じゃなきゃ、釣れねぇって。変に用心深いと俺等が痛い目見るだろ、弟よ」
ミゼの言葉は根本的な問題を解決するものではなかったが、すっかりその気になった弟分は目を輝かせる。
「さっすが、兄貴! 仰るとおりですぜっ! 愚か者を搾り取ってこそ、俺等『ミゼシカ』、大盗賊よっ」
「バカッ! 大きな声で言うなって!」
そのとき、
「おぉ、いたいた! ちょっといいか?」
などと声が聞こえたから、ミゼたちは慌てて口を閉じた。
見やると、先ほどテーブル席に座っていた若い男が駆け込んでくるところだった。後ろで束ねた紺色の髪がゆさゆさ揺れていて、焦っているのがよく分かる。
「おぉ? なんだい?」
ミゼの声は上擦っていたのだが、男は特に気にしなかったようだ。
「さっきの話、もう少し詳しく聞かせてくれよ! その空の大蛇《スカイサーペント》ってやつ」
――――釣れた!
まさかの展開に、兄弟たちは目を合わせる。
「いいぜ、あんちゃん。興味があるようなら聞くぜっ?」
「あぁ、助かる。実は俺、そいつの鱗ってやつが欲しいんだけど」
――――なんと愚かな。
兄弟たちは内心有頂天になった。
「実は俺ら、空の大蛇《スカイサーペント》まで飛行船を出すってこともしてるんだけど、どうだい?」
「本当か! てか、あんたら知り合い同士だったんだな!」
――――しまった!
兄弟は焦る。先ほどの酒場では、弟分はミゼの声を偶然聞いて話に加わる役だったのだ。他人同士のフリをしていないと話が合わない。
「いや、実はな。さっき俺等の中で空の大蛇《スカイサーペント》で盛り上がったんだよっ。そうしたら、ミゼ兄貴のほうが飛行船を出す事業をしているっていうんで、つい乗っちまったんだぜっ!」
弟分が自分のことを気安く名前で呼んでいることにミゼは焦ったようだ。幸いにして特に気づいていなさそうな若い男に、大きく吐息をつくなどしている。
「そうか、あんたも俺と同じクチなんだな!」
と、若い男は嬉しそうだ。
「そうそう、『スナメリ』が討伐しちまう前に何とか会いに行かねぇと。なっ?」
ふられたミゼは盛大に頷く。
「その通り! 相手が相手だから絶対に安全ってわけにはいかねぇが、飛行船に乗って快適に空の大蛇《スカイサーペント》まで案内してやるよ!」
「頼もしい限りだぜ!」
ミゼに合わせて、男もガッツポーズで返す。ノリはとても良いらしい。
「で、幾ら払えば良いんだ?」
男はすぐに尋ねた。飛行船に乗るのだから、当然の発想だろう。だがここであまり高いと断られる可能性もあると考えたのが兄弟たちだ。目配せし合った後、ミゼは言い切った。
「何言ってるんだ、今回会ったのもなにかの縁! タダで乗せていってやるよ」
「まじか! なんて言いやつなんだ!」
素直に感心する男に、内心笑いたくなって仕方がないのだろう。ミゼたちの肩が僅かに震えている。
「いいってことよ! おう、こうなったらちゃんと名乗らないとな! 俺はミゼ。そっちのは、シカ。あんちゃんの名前は、ジャックスで良かったよな?」
ウェイトレスに呼ばれていた名前で、確認をとる。
「あぁ! それで間違いないぜ」
ジャックスは盛大に頷いた。
「よろしく頼むぜ、ジャックス」
シカがそういったときだ。
「ちょっと良いかしら?」
女の声が聞こえて、ミゼたちは振り返る。そこに、先ほど酒場にいたフードの女がいた。声の感じからして、大人の女だとは分かるが、フードを目深に被っているせいで、やはりはっきりとした顔は分からない。ただ、ミゼの勘ではこの女は美人だと思われた。故に、執拗に女を気にしていたのも事実なのである。
「その話、私も混ぜてもらえない?」
思わぬ提案に、ミゼの心臓が跳ねた。本当は二人で一人を相手にしたほうが身ぐるみを剥ぎやすいが、か弱そうな女が加わるぐらいなら大丈夫だろうという算段もあった。
「勿論だ。ええと?」
「ラヴェでいいわ」
そう言った女の口元が、僅かに上がったのが見えた。